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2022/05/22 08:11

紫うにの旬は、毎年5月の1カ月間。2020 年は、実家である長崎県壱岐島「小坂うに店」の仕入れ・加工の手伝いを最優先しようと心に決めていた。月の半分は帰省したが、現時点でうに屋3代目を継ぐという将来設計があるわけではない。ただ生きている間、あと何回、両親と共に旬を迎えられるだろうと考えた時、一年一年を大切にしなければと思ったのだ。


 後継者問題は、喫茶店も同様である。太宰府「珈琲蘭館」2代目は、百貨店勤めを辞めて家業に入ったものの最初は自分の居場所を見つけられなかったという。今でこそ珈琲全般を担うマスターとしてゆるぎない存在感を確立しているが、そこに至るまでには長い道のりが必要だった。なかでも焙煎引き継ぎ問題は、深刻である。皆さん、「息子や娘に早く焙煎を引き継ぎたい」と口にされるが、実際はいつまでも譲ろうとはしない。なぜか? 答えは簡単。焙煎は大変だけど、それだけに面白く生涯をかけるに値する仕事だからだ。



 ライター根性が首をもたげ、初日からあれこれと口出しする私に、母はたまりかねてこう言った。「変えたいのなら、あんたの代になってやりなさい。パッと来て、あれこれ口を出して、はっきり言って迷惑、ストレス!」。互いにムッと黙り込んだまま瓶詰め作業を終えた深夜、私は勇気を奮い、声を裏返らせながら母に詫びた。これまで取材でも何でも時間をかけるということをモットーにしてきたはずなのに、私は何を焦っていたのだろう。「珈琲美美」の充子さんだって、5年間ほど亡き夫の森光マスターと一緒に焙煎をやってきたからこそ、店の味を引き継げたのだ。私も見習おう、じっくり腰を据えよう。覚悟が決まった。



 随分前、鹿児島はいちき串木野「パラゴン」の須納瀬マスターと、いつ息子に焙煎を譲るか問題の話を伺った際、「啐啄」という言葉を口にされた。雛鳥が卵の殻を破って外に出ようと鳴く声の「啐」、それを聞いた親鳥が殻をつつく音をさす「啄」。実のある変革は、双方の呼吸があって初めて成立する。だから片方だけシャカリキになってもしょうがないんです、と須納瀬さん。確かに。機が熟すまで気長にいこう。頭で算段するよりも、自然と体が動いてしまうことに対して素直であろう。